Waldoはどこに行く?

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宮澤賢治 春と修羅 「屈折率」

賢治は1921年に花巻を出奔して東京にいく。
そこで国柱会に入門して、法華経の修行を積んだ。
その後、故郷に帰った賢治は、意欲的に創作活動を始める、

賢治は常に自分自身を見つめ、人々あるいは自然を見つめ続けた。
彼の求めたものが何であったかは、多くの詩や童話に残されている。
賢治が生涯をかけ、求め続けたものはなんなのかを読み解いていきたい。

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   屈折率

   七つ森のこつちのひとつが
   水の中よりもつと明るく
   そしてたいへん巨きいのに
   わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
   このでこぼこの雪をふみ
   向ふの縮れた亜鉛(あえん)の雲へ
   陰気な郵便脚夫(きやくふ)のやうに
      (またアラツディン、洋燈(ラムプ)とり)
   急がなければならないのか
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